沖縄の移住情報・地域情報から、癒しの島沖縄での気づきへ
◎ はじめに

沖縄移住という視点で沖縄から移住や旅行に関する情報や、それ以外のこともジャンルを問わずに、日記の形式で紹介していきます。 最近は移住情報というより、沖縄観光情報の色合いが濃くなってきましたが、さらに人生とは何か?といったことを含めて、沖縄移住が自分にもたらした影響についても、気の向くまま書いていきます。 移住にこだわらず、観光情報やいろいろなことにお役立てください。


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2012年11月

もう11月になりましたね。
あっという間に感じてしまう今日この頃ですが、
だいぶ沖縄も寒くなりました。
最低気温が20度を下回りはじめると、「いよいよ冬か・・・」と感じます。
内地に居た頃は、20度を下回ったくらいでは、まだまだ暖かいと思っていたのですから、
いかに身体が沖縄に馴染んできたのかわかりますね。


さて、前回のブログで少し書いた、“沖縄に来て何が変わったか”ということですが、
まず自分の心境というか、考え方が大きく変わりました。
これはもう、“気づき”というか、“目覚め”というか・・
いきなりこう書いても何のこっちゃかわかりませんよね。

気づき”や“目覚め”とは何か?
これについては、いきなりの説明は難しいので、順を追っていくことにしますが、
このことに気が付いたり、気が付かせてくれた方々に出会えたということが、
私にとって沖縄に移住してよかったと心から思えることです。

もし移住していなかったら、自分はつまらない顔をして東京で働いていたのかもしれないし、
そもそも、その人生に対して納得がいかないという発想すら浮かばなかったのかもしれません。
いわば、決して“目覚め”や“気づき”を得ることはなかったのかもしれません。

もちろん、東京や他の地域に暮らしていても、いろいろな意味で、
気づき”や“目覚め”を感じることもできますが、
私の場合は、沖縄に来て暮らし始めたから体感できたこととも言えます。

東京に暮らしていて、何やら閉塞感に包まれ、その雰囲気が嫌になったので移住してきたにもかかわらず、
もともと、自分は内地の考えというか感覚のまま、沖縄に移住してきたところがあったのです。
ただしこれは、あくまでも潜在意識の中での話です。
自分では無意識のうちにそういった状況にあったということですね。

これは、内地なんか嫌いだから移住したという本当の心の理由と大きく矛盾するところもあるのですが、
とにかく心の内側では、まだ内地の完璧主義的な考えを捨てきれていなかったようです。
内面的にその考えをひきずったまま、表面的には平然と楽しく沖縄生活を送り始めたのですが、
すぐにその歪みは大きくなり、ついに適応障害という形で表面に現れてくることになったのでした。

ある日、突然やる気を無くした日。
そんな日が突然にも自分の身を襲ってくるとは、予想だにしなかったことですので、
自分としても、何をやっているのか、わけがわからなくなりました。

続きは次回に。


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関連タグ : 沖縄移住, 気づき, 目覚め, 適応障害,

沖縄で気づきを得るまでの、続きになります。


思えば、今から4年くらい前になるんです。適応障害と診断されて治療してたのは・・・
沖縄移住にかなりの時間を費やしてきて、パワー全開で沖縄移住を達成してしまったのですが、
その後が、まずかった・・・
というよりも、今は通るべき道だったのか・・・との思いの方が強いです。

移住後、すぐに仕事も決まり、かなり順調だと思っていた矢先に、
突然にして適応障害に罹りました。

何故?何故内地から沖縄に移住して適応障害に?
何故、内地で適応障害にならない・・・?
自分の移住計画は間違っていたのか・・・?

この時は、さらにパニックになりましたね。
会社がつまらない・・・自分のやりたいことではない・・・
なんか夢見た移住とは違うではないか?
という、現実に引き戻されていく自分がいて、そんな自分がとても嫌になっていたのと、
会社での成績がなかなか上がらないことに対する自分の苛立ちも重なって、
少しずつ壊れていったのかもしれませんね。

適応障害とは、その状況に適応できずに、心身ともに異常をきたすことです。
私の場合は眠ることができませんでした。眠くもならないのです。
そして眠くなっても眠れない、すぐに目が覚める。一晩中悶々過ごすといった具合です。

心の中で思い描いていたことと、現実とのギャップ。
ありきたりではあるのですが、ここでの心の処理が当時はうまくできなかったのでしょう。
ある日、会社に行くと突然壊れてしまいました。
デスクに座ったものの、全くやる気がおきません。
パソコンの電源も入れずただ座っているだけ・・・
そんな時間が嫌になってしまい、「帰ってもいいですか?」となり、
そのまま帰宅しました。

今思えば、何ともおかしなことをしたもんだと笑えますが、
当時の自分はかなり真剣ですからねえ。
頭痛も伴っていたので、脳外科に行った方がよいかもしれないとも思いましたが、
家族のすすめで心療内科に行くことになりました。
そこで適応障害と診断されるわけですね。

ここで、人間の心はもろいなあと思いました。
今では、心に対する考え方が、根底からひっくり返ってしまい、気づきを得ることができたので、
もう、今後はこのようなことにはならないと思えるのですが、
当時はそこまで考える余裕などあるはずはありませんでした。
むしろ、世間体というか恥ずかしさの方が強かったのではないでしょうか。

結局、これが原因で会社を退職することになってしまいましたが、
沖縄移住をすることで、学ぶべき人生の課題がこの時を起点にやってきたのでしょう。
そんなことに気づくまでには、まだまだ長い時間がかかるのですが、
まず、自分がこの適応障害になるという行為が必要だったということは、今になってよくわかります。

しかし、適応障害がある程度治っても、
気づきを得るためには、まだまだ数々の難関が待ち受けているのでした。


続きはまた次回。


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2012年11月11日

ダライラマ14世の沖縄講演に足を運んでみました。
3年ぶりの来沖ということで、3年前は沖縄にダライラマがやって来たと後から知ったので、
しまった・・・という気持ちが強かったのですが、
今回は、9月のチケット発売の時から、準備周到に用意していましたので、
この日を迎えることができました。

ダライラマ14世の本などは、何冊か読んだこともあり、
どんな人なんだろうか・・・
と思っていたのですが、登壇したダライラマ14世は輝いて見えました。

講演自体は、ダライラマが話をしてから、
通訳の人が翻訳してくれるのですが、
ダライラマ14世は、話すことがとってもお好きなようで、
英語でついつい15分くらいの間話されてしまうといった雰囲気でした。

通訳の担当の方は、15分の話をメモしておいてから、日本語に訳してまとめて、
会場で発表するという離れ業をやっており、さぞかし大変なのであろうなあ・・
本当に大変な作業だろうなあ・・・
と思いながら、翻訳を聞いておりました。

だいたい2時間近い時間があったのですが、
ダライラマの講和は半分の1時間ということになりますね。
もっともっと、話を聞きたいという衝動にかられましたが、
まあこの言語の違いというのは致し方ありませんね。

話の中心は、やはり利他の心を大切にするということになりましょう。
今の世の中は自分中心に物事を考えがちであり、
自分さえ良ければOKという考え方が多くなってきている感がある。
往々にして、そんな考えに陥りそうになるのだけれど、
そこをぐっと振り返って、利他の心を思い出し、
他人にやさしくなれるように、今後の21世紀の方々はしていかなければならない。
など、人としての心構えを語られていたのが印象的でした。

本来は人間は一つであり、
みな同じ苦しみをかかえているという事実もまたあるので、
自分ひとりだけじゃないんだよ、
みんな一緒なんだよ。ということも思い出して欲しいようなことも言っておられました。

これは言い換えれば、「ワンネス」の世界とも通じるところがあり、
やはり、行き着くところ人間の心は、
そういう部分に幸せを求めるべきのところ、
物質主義の影響か、将来にお金があったらとか、将来こうなったら、これが手に入れば・・・
といった部分に幸せの価値を求めてしまうのですが、
本来は、そういったところに幸せは存在しないんだということを、
ダライラマは言いたかったのかもしれませんね。

今後の自分のやりたいことの一つに、
みんなが楽な精神状態で生きるためには、どうしたらいいのか?
どんな風に人生を生きたら、どんな風な心で人生を生きたら、
人は幸福感を味わえるのか?
といった部分を伝えてみたいというのがあって、ずっと考えているのですが、
そのような話は、今後に譲ります。

次は、また沖縄移住からの気づきに戻りたいと考えています。
今日はこの辺で。
みなさんに幸せが訪れますように!



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さて、前々回沖縄にて適応障害の続きとなります。

沖縄に来て移住した後に適応障害になったなんて、本当に面白い話と思いませんか。
だって、東京の生活が嫌になってというか、
気分よく、のんびりとしたスローライフみたいなものを想像して沖縄にやって来て、
生活を始めたというのに、この有様ですからね・・・
困ったものです。

この時は、本当に自分はどうしようもない奴という風になり、
自分のことが心から嫌いでした。
こんな自分を人に見せられない。恥ずかしい・・・ああどうしよう・・・
全てが負の方向でした。

こういう考え方も今となっては、意識の違いであり、
マインドの世界に入ったこと、いわばエゴの仕業によるもの、あるいは分離の世界で生きていたみたいな、
本当の自分の姿ではないという風に俯瞰できるわけですが、
当時はそんなことを知る由もなかったのです。
そもそも、そんな知識などなかったのです。

さて、結局移住後に勤めた会社は辞めることになってしまいましたが、
その後からが長かったです。
仕事もせずに、失業給付をもらいながら毎日を過ごしていました。

当時は、自分はとにかく働かないで済む方法を探すことに集中しており、
経済の仕組みを勉強しなおして、
為替などで生活費を稼いでやろうと、密かな思いを胸に抱いておりました。
よく言えば、これで大儲けして財産を築き、それ以降は、もう何もしない生活をしてやろう・・・・
などととんでもない考え方を持っていたのでした。

これも今思えば、気づきを得るために必要な事柄だったのかもしれませんね。
為替などで儲けようというのは、一見楽しそうにも見えますが、
人には向き不向きがあるということを、私は失念していたようですね。
結果、儲けも出ず、わずかな損害を出して、この為替の計画からは手を引くことになるのでした。

お金に対する欲望が強すぎて、
逆にお金を失うということの恐怖感がどんどん大きくなっていき、
ポジションを保持している時などは、もう心ここにあらずということで、
逆に精神的に参る日々というものを体験しました。
為替で儲けている人は、本当にすごいと思いました。

しかし、まだまだ本当のことに気づくまでには、時間が掛かかるのです。
ここからも、まだ話は続いていくのです。
真理とはいったい何か?
続きはまた次回ですね。



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沖縄に移住してある意味夢を実現してしまったのですが、
それは、また夢とは反対方向へ進んでいくという事態になったのでした。

適応障害に自分がなるとは・・・
そして休職して、退職して、失業給付をもらいながら、
仕事もせずにブラブラと半年。
この半年間は本当に、いろんなことを考えましたね。
今となっては、考える必要などないのですが、当時はどうしてもそういう思考回路になってしまうんです。

ただ、当時と今とで、明らかに違っているのは、物事を見る視点が変わったということです。
例えば、円錐を下から見ると円ですよね。
上から見たら、真ん中に点がある円かもしれません。
また横から見たら、三角にみえるかもしれません。

このように、見方によってずいぶん変わってくるものなんですが、
当時はそんな考え方はなくて、ただ、円なら円を見るだけ・・・
その視点では、いろいろなことは見えてこないですよねえ。
いまでこそ、こうした文章を書き、多面的に見ることができるようになって、
だいぶ落ち着いてきたんですが、ここまで来るのは大変なような、そうでもないような・・・
気づきの類は、そう思っていてもなかなか気づかないんです。
ふとした時、「ああ、これか!」となるんです。

さて、話を戻すと、
失業給付が切れると、今度は生活に困窮してくるので、
仕方なく仕事を始めたものの、
当時は、自分のことが大嫌いですから、ちっとも面白くないわけです。
周りの目ばかりを気にして、自分の生活を決めていくという態度で、生活していきます。
その態度は、逆に自分をどんどん苦しみの方向へ持っていくことになりました。
これはでは本当に幸せを得ることなどできないばかりか、
人に幸せを与えることなど、到底できるわけがありません。

この生活態度が、実は悪循環を生みだしているんですが、
これに気づくわけでもなく、気がつくどころか、全く違う方向へ行くことになります。
こともあろうに、夜勤の仕事に転職したのでした。
家族には「夜勤なんて・・・」と反対されながら・・・
そこで、2年間夜勤のシフトをこなし、
結局身体を壊して退職という、意図とは違うことをすることになるわけです。
病名としては、胃潰瘍が治らないということであったのですが、
そこまで、ストレスを抱えていたわけではないんで、
夜勤という昼夜逆転させて生活するということが、いかに身体に影響を及ぼすのかを、
学んだわけなんですね。

もちろん、夜勤が全然平気な人もいます。
自分は合わなかったですけれど・・・・

と、めちゃくちゃな生活を続け、気づきなどとは程遠い位置にいたのかもしれませんが、
本当は、こうした道は必要であって、起きてくる事に無駄は一つもないんだな・・・
と思わせる出来事が、この夜勤にの勤務期間中に起きてくるのでした。

まず、自分がヨガを始めたということが一つ。
それと人生を大きく変える出会いがいくつかあったということです。




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